第十六話 病院坂の探偵~都電7系統の風景

日本の探偵と言えば、明智小五郎と金田一耕助。日本には浅見光彦からコナン少年までたくさんの探偵がいるけれども、世代を越えて知られる探偵と言えばこの二人をおいて他にいない。
明智は怪人二十面相という絶対的なライバルと小林少年の少年探偵団というスタッフと共にその活躍は主に描かれる。本拠地は御茶の水の開化アパートに始まり次いで千代田区に構えた事務所で、その舞台は東京周辺。とにかくスーツをビシっと着こなす洗練された天才的名探偵だ。
対する金田一耕助はよれよれの袴にもじゃもじゃの頭。扱う事件は殺人事件が主で、しかも大抵が猟奇的ときている。何人か殺されないと頭が働かないところは名探偵と言っていいのかは分からないが、とにかく最後には事件を解決する。

金田一の事件は戦後の混乱期や古い因習を背負ったものが多い。よく知られる事件は主に岡山県で起きたものが多く(本陣殺人事件、悪魔の手毬歌、獄門島、八つ墓村など)、「犬神家の一族」とか「女王蜂」なども東京から離れた所だ。一応東京が本拠地らしいが、地方を飛び回っているからか、時代を背負った暗さと共に描かれることが大抵。明智の洗練さやスーパーマン的な探偵像とは対極にあるので、物語に日本人独特の人間性とか土俗性などを求めるのならば金田一の方が面白いと思う。言ってみれば、ハリウッドの映画を好んで見るか純日本風映画を好むかの違いと言っても間違いではないだろう。

金田一の最後の事件として知られるのが、「病院坂の首縊りの家」。金田一の有名作品としては数少ない東京モノである。舞台は高輪の古い住宅街。話のあらましはここには記さないが、昭和40年代の日本を舞台としながら、古い日本が色濃く描かれた作品だ。「病院坂」という坂は高輪には実在しないが、舞台となったとされる坂はある。魚籃坂を上がったところを右に曲がると旧高松宮邸だが、その脇から魚籃坂下のスーパー「ピーコック」の方へ下る坂がその坂だと言われ、実際作者の横溝はこの辺りを歩いて構想を練ったそうだ。旧宮邸が大きな敷地を誇っていることもあって周辺は静かな住宅街で、少し南に下がった所には旧熊本細川藩下屋敷の跡。ここは大石内蔵助が切腹をした場所としても知られ、今でも「切腹の場」を示す案内がある。
この地に立てば今では単なる閑静な高級住宅街でしかないけれど、表通りから一歩入ったこの地に「金屏風に和装の二人だけの奇妙な結婚写真」を想像することを出来なくもない。

日本の「家」とか「体面」を重用視する因習というのが、いまだ残っているのかどうかは分からない。少なくとも東京に於いては、それらの「古きもの」は消えてなくなってしまったかのようだ。長くに渡ってこの国の土台を支配してきたこれらの習慣は、第二次大戦後の急速な発展と文化の劇的な変容に伴い、急速に表から消え去ってしまった。しかし今でも東京や大阪などの都市圏を離れて特に山沿いに入ってゆけば、時代が止まっているのではないか、と思える地域も残っている。関西在住時、岡山や京都、兵庫の上の方、山陰地方などを訪れる機会が何度かあったが、金田一が歩いて出てくるのではないか、と思えるような雰囲気の場所をたまに見たものだ。

横溝が金田一を通じて書く事は、それら日本の因習に対する反発か、それとも懐古か、でなければ同情か。

この物語で金田一が活躍するのは昭和四十八年。日本社会が大きく変わっていった時代である。彼はこの事件を最後に姿を消すが、それは日本の古い因習=古い日本と共に消えていくと暗示したとも考えられなくもない。

ちなみにこの「病院坂の首縊りの家」の舞台は法眼家という家だが、この珍しい名字そのものの「法眼坂」が千代田区にある。

「病院坂」で昼寝する猫
「病院坂」で昼寝する猫

●7系統 路線図 担当:広尾車庫
四谷三丁目~信濃町~北青山一丁目~墓地下~西麻布~天現寺橋~古川橋~魚籃坂下~泉岳寺前~品川駅前
青山、広尾、高輪といった古くからの住宅街を結びます。地下鉄では巡れない同一ルートを、今でも都バス品97系統が四谷三丁目から先、新宿駅まで足を伸ばして結んでいます。

Originally,written on June 26, 2010