第二十二話 お江戸の花火~都電22系統の風景

今日、7月31日は隅田川の花火大会。この花火は毎年7月最終土曜に開催される。100万人近い人を集める大花火である。

東京三大花火大会とかで、他に神宮外苑花火大会と東京湾の花火大会と併せてそう呼ばれるらしい。去年は上司のマンションが品川のレインボーブリッジが見えるエリアに建っていることもあって、そちらで東京湾花火を観賞した。出張寿司屋に来てもらって目の前で握られる寿司をつまみながらの花火という、何ともバブルな会で、私はそこで初めて寿司屋が家まで握りに来てくれるというのを知ったのだった。普段から部屋の眺望を自慢するだけのことはあって、その贅沢な花火観賞には素直に脱帽した。

しかし、東京の花火と言えば隅田川でないの?
広重の浮世絵にも書かれるの花火は隅田川の花火だ。江戸時代からやっていたのは間違いない。で、その歴史を調べてみた。今は会場が2つに分かれ、一つは桜橋から言問橋の隅田公園あたり=浅草界隈、もうひとつは両国橋界隈で開かれる。江戸時代はどうだったのかというと、開かれたのは両国側。広重の浮世絵も両国橋の花火だし。有名な「かぎや~」「たまや~」の掛け声は、この両国橋花火で打ち上げていた花火屋の屋号らしい。それが途中何度か中断があって、1970年代からは再度定期的に開催されることになったそうだ。道理で今年は第33回。けれど、その筋は江戸時代まで遡ることになる。

前回、雷門から江戸の風景を見たが、外から来た私が見る江戸~東京の風景は、このように隅田川沿いに点在するのである。そこに具体的な歴史遺産がある訳ではないが、隅田川という川がそのような気にさせるのかもしれない。勿論皇居の南に位置する地域も江戸時代からのものであるけれど、そちらは武士の街。武士の街とは全国から集まった大名を中心とする街である。それに対し隅田川は、東京に根付いて発展してきた町人の街を突き抜ける、いわば街の支柱として存在するので、この川の風景に歴史の匂いも感じ取れるような気がするのだ。

夏と花火は切り離せない。暑苦しい中、外で汗をかきながらも空を見上げるこのイベントが無いと夏を楽しんだ気にならない。そして隅田川花火。江戸の残り香のようなこの花火の下で、今年は夏の夜空を堪能することにしよう。

吾妻橋から見る駒形橋。その向こうに厩橋
吾妻橋から見る駒形橋と厩橋 隅田川~江戸の風景

●22系統 路線図 担当:南千住車庫
南千住~泪橋~隅田公園前~浅草~厩橋~蔵前一丁目~浅草橋~小伝馬町~室町三丁目~日本橋~京橋~銀座四丁目~新橋
浅草から日本橋、銀座を結びます。経路を見て分かる通り、江戸オブ東京の地域を突っ切るような路線で、言問橋周辺から室町三丁目までは江戸通り、そこから新橋までは中央通りと、歴史を背負った町名を通り抜けて走ります。

Originally,written on July 31, 2010