第二十四話
麻布十番の今川焼~34系統の風景

「どこかしら懐かしい商店街」と言えば、ぴったりの表現ではないだろうか?

地下鉄南北線の麻布十番駅を上がるとすぐそこが商店街の入り口だ。「麻布」という土地から高級なイメージを持って商店街に入ると肩透かしをくらうことになる。何せおもちゃ屋に子供達が集まってカードゲームを楽しんでいるような光景があるのだ。子供の頃に見た商店街の風景そのままがここにはある。

麻布十番に地下鉄が来たのは2000年に南北線が開通してから。それまではここに来るのには都バスか、さもなければ六本木からてくてく歩いてくるかの、いずれかしか無かった。だから山手線の中と言ってもバスが足代わりだったようで、地元の人しか来ない時期が長く続いたのだろうか。そのせいかどうか分からないが、大きくやる訳でもなく、東京の中心部にあって意外な「雰囲気のある」商店街である。

麻布の地は東京15区(後に至って35区)の一つ麻布区で区割りがされていた。麻布十番から南、仙台坂の方へ上がる丘あたりを「元麻布」という閑静な住宅街が広がっていて、麻布十番からこの辺りが麻布の中心地かとも思うが、麻布区の名残で六本木のど真ん中にある警察署は麻布署であるし、少し離れたところ、外苑西通りと六本木通りがぶつかる交差点は西麻布交差点。東京全体から考えれば狭いけれど、感覚的には少し広い地域に「麻布」は広がっている。言わずと知れた高級住宅街で元麻布ヒルズの異様なビルが地域一帯を見降ろしているが、この辺りをじっくり歩いてみると昔からの普通の家が地域を占めていて、豪邸があちこちにある訳ではない。本当に普通の住宅街なのだ。普通に住む分には牛込や小日向あたりや郊外の住宅街と雰囲気と変わらんだろうに、とも思うけれど、そこは麻布が持つブランドのイメージだろうか。

麻布十番商店街には、言ってはなんだがセレブ感とは対極にあるような今川焼とかタイ焼のお店が頑張って営業中。店頭で焼いていてアツアツの今川焼やタイ焼きを出してくれる。タイ焼きの浪花屋総本店は、東京メトロのCMでも出てきたからかそれとも昔から有名なのかは分からないけれど結構な人で繁盛しているし、今川焼の月島屋は見るからに昭和のお店といった感じで雰囲気抜群。こちらも商店街の角にあって買っていくお客さんが多いようだ。こういう店は東京の古くからの地元系商店街なら一軒はあり、大抵は煎餅屋とか和菓子屋とかになるのだが、東京のど真ん中にこのような店があると何となく嬉しくなる。私も特別に今川焼が好物な訳ではないが、訪れるとなんとなく注文してしまうから不思議なもの。

商店街の西側には六本木ヒルズがそびえ、東側には東京タワーが威容を誇っている間に素朴な商店街が広がっている。六本木の喧騒もここまでは届いていない。

徒然の休日、何となくそぞろ歩きもしたくなる、そんな街が麻布十番である。

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都電が走っていたころ、この地には、4、5、8、34の4系統が南の古川橋方向と東の赤羽橋方向から来て、この際で90度に曲がっていた。地下鉄が通じるまでは都電時代から電停~バス停の名称は「一ノ橋」。赤羽橋方向からだと、金杉橋、芝園橋、赤羽橋、麻布中ノ橋、一ノ橋、二ノ橋、三ノ橋、古川橋、四ノ橋と橋がひたすら続くのが面白い(ちなみに四ノ橋の西は「光林寺」を挟んで天現寺橋)。沿って走る川は古川(渋谷川)であるけれど、古くから続く自然の川だそう。渋谷は東が宮益坂、西は道玄坂に挟まれた谷であって、そこの谷を形作っているのが渋谷川。渋谷駅周辺は塞がれて暗渠となっているが、渋谷地下街や東急百貨店の地下は、この渋谷川を避けるようにいびつな階段構造になっているそうな。
ちなみに「春の小川はさらさら行くよ」は、この渋谷川が舞台である。信じられないけれども。

今日も繁盛の「今川焼」月島屋

今日も繁盛の「今川焼」月島屋

●34系統 担当:広尾車庫
渋谷駅前~渋谷橋~天現寺橋~古川橋~一ノ橋~赤羽橋~芝園橋~金杉橋
渋谷と麻布を結ぶ路線。今でも需要は多いようで、都バスの都06系統が金杉橋から新橋駅まで足を延ばして頻繁に走っています。

Originally, written on August 14, 2010