第四十三話
紫陽花の白山社〜35系統の風景

日本全国あちこちに季節の名所があるように東京にもそのような名所があって、シーズンごとに美しい光景を目にすることができる。

桜なら千鳥ヶ淵を筆頭にそこかしこに見所があり、ツツジは根津神社、薔薇の古河庭園、蛍の椿山荘、紅葉の六義園など。コロナウイルスの関係で入場出来ない場所もあるものの、普通の年ならそれぞれを訪れてみたい。東京を出てあちこちに足を伸ばすこと無くとも、この都市に居ながらにしても美しい景色を目にすることができるだろう。

白山神社は東京の十大社の一つに数えられているが、規模として威容を誇るでもなくどちらかと言うとこじんまりとした神社。でありながらも、日枝神社や神田明神と同列に称されるのだから由緒ある神社で、元をたどると1,000年以上の歴史がある。
そこまでの歴史を追わなくとも、この神社を都下に知らしめているのは、境内を埋めるように咲く紫陽花に拠るところが大きい。

関東で紫陽花と言えば鎌倉の明月院や長谷寺で、人々は大挙して横須賀線や江ノ電の客となる。私の父は横須賀の出身で、その縁もあり季節を問わず子供の頃から鎌倉には連れて行かれたが、この季節はもちろん紫陽花を愛でにこれらの見所へ行くことになった。花としてはどちらかと言うと地味に見えたからか、それとも決まって雨だからだろうか。その訪問はあまり楽しい時間でなかったような気がするが、それでも大人になってわざわざ見に行こうかとも思うのだから、惹きつける何かがあったのだろう。

この白山神社も紫陽花で人を呼ぶだけのことはあり、境内を彩る花は非常に美しい。

紫陽花の良いところは同じ花でも青や紫、赤紫や薄い緑など、さまざまな表情を見せることだろう。例年であれば雨に降られての鑑賞となることが多いが、この地味ながらも鮮やかな色合いが雨で一層に映えるように見え、ましてや神社の雰囲気にぴったりと合うことこの上ない。ただ、残念ながら今年は例年に比べて早咲きとなり、梅雨を待たずして満開となってしまった。晴れた日の紫陽花も美しいのだけれど、やはり雨の下で楽しむ方が良い。

例年、境内ではあじさい祭りが開かれるが、去年、今年とコロナウイルスを理由に中止となった。この祭りの楽しみの一つは近所の人が作るたこ焼きなのだが、今年も口にすることができなかったのは残念。

もう一つ、この神社の特徴として挙げられるのが「富士塚」。
江戸時代、人々は富士講で富士山に行きたいと願ったもののあまりにも遠く、代わりに神社やお寺の境内に富士山を模して小高い丘を造った。そこを登って富士山に登るとのと同じご利益を得ようとしたわけである。
ここ白山神社の富士塚は、塚の上から周囲の家の中が見えるようで普段はプライバシーとかの問題で立ち入り禁止だが、あじさい祭りの時期だけは登ることができる。私も毎年ご利益を求めるが、去年今年と祭り中止の煽りを受け、残念ながら預かることができていない。

本当に早く疫が収まってくれないかと、紫陽花にさえも祈るこの頃だ。

白山神社に咲き誇る紫陽花

白山神社に咲き誇る紫陽花

●35系統 担当:巣鴨車庫
巣鴨車庫前~千石一丁目~白山上~後楽園前~神保町~一ツ橋~大手町~馬場先門~日比谷公園前~西新橋一丁目
この系統に変わって運行されたバスの系統は、一日400往復もの運行があったそうで、都バス史上最も本数が多かったとのことです。現代ではほぼ系統に沿って地下鉄三田線が走りますが、系統をなぞるバスは既になく地下鉄の駅間も広く、小石川あたりの途中の人たちはどのように移動しているのでしょうか。