不忍通りを走るバスを池之端で降り、無縁坂に道を取った。左には三菱の実力者である岩崎の古い洋館 – 現在は旧邸宅として公開されている – が聳える。その庭の鬱蒼とする木々を見ながら坂を歩いた。
坂を上がり切ったところに、東京大学の小さな門「鉄門」が口を開けていた。
鉄門を入ると目の前は東大病院。すぐに左に道を取って車道を渡り、薬学部の前で三四郎池に向けて階段を降りていった。池は紅葉で所々煌びやかであり、暖かい日差しもあって、淵沿いには小さな子供連れや老夫婦がぽつりぽつりと歩いている。ただ池の水は一体いつからこのままだろうと思うくらいに淀んでおり、鯉がぷかぷかと口を開けているが、何とも言えず彼らが哀れにみえた。
三四郎池を上り、更に登った所で安田講堂前の広場に取り付いた。紅葉のこの時期の休日であるからか、学生よりも部外者の方が多かった。と言っても混雑している訳ではなく、どちらかというと近くに住む東京の人達が散歩がてらに来ている風情だ。日差しの注ぐ午後、青い空に安田講堂の茶色い姿が聳え、向かい陽を一身に浴びていた。
講堂から東へ降りると理学部でその先は弥生の方へ続くが、進む人は殆どいない。反対側は講堂を背にして銀杏並木が、正門へ一直線に続いた。その道は文字通り、黄色の絨毯と化していた。この時期に東大へ来る人々は、その目的がこの正門前の銀杏並木を歩くためだと言っても過言ではない。
その象徴を銀杏の葉とする大学だけに、ここの銀杏はことの外美しい。
そもそもが大学構内で静かで落ち着いた雰囲気が漂い、校舎群は古い石造の建造物が並ぶので趣があるところに、秋の落ち着きの象徴とも言っても良いくらいの黄色が構内を染めていて、空気感も相まって雰囲気をより美しいものにしている。この通りにはいまだに「東京帝国大学」の刻印がされているマンホールの蓋もあってその歴史を今に伝えているが、そのようなことに注意をする人は殆どなく、伝統とか権威とか、そのような物はどうでも良くて素直にこの景色を楽しんでいる。構内にはそこかしこに黄色い葉をつけているが、この安田講堂までの並木と、他に工学部建築学科前の大銀杏が特に強い印象を持たせる光景になろう。
理屈抜きに美しい並木道なのだ。
茂る木々、黄色い葉は勿論のこと、囲む建物も漂う雰囲気も、である。
恐らく東京で最も有名な銀杏並木は青山通りから絵画館へ続く外苑の銀杏並木だが、私は東大の銀杏並木の方が好きだ。
単に人通りが少なくてホッとできるから、というだけでない。煌びやかな青山と落ち着いた本郷の違い – 街と一体化した空気の違いがそのようにさせるのかもしれない。
他の紅葉の名所と比べて訪れる人は多くはないが、単に知らないだけなのだろうとも思う。不思議と紹介されることはないこの銀杏並木、毎年訪れてひと時を歩けることに、なんとなしに倖せを感じることができるのは、私だけだろうか。
残念ながらコロナの件で入構制限がかかっており、昨年、今年と構内には入ることができない。早くにこの災禍が収まってほしいと、心より願う。
安田講堂に続く黄色い絨毯
●19系統 担当:駒込車庫
王子駅前~飛鳥山〜駒込駅前〜本郷追分〜東大赤門前~本郷三丁目~神田明神前~万世橋~神田駅前~日本橋〜通三丁目
日本橋から秋葉原を経由して本郷通りを一直線に走ります。東大を更に北へ進むと、こちらもまた紅葉の名所として知られる六義園、そして薔薇の名所の古川庭園、桜の名所の飛鳥山に通じます。何かと美しい光景に縁のある系統です。