第十四話
九段の灯籠~12系統の風景

九段下の駅を出て九段坂を上がると、まず目に入ってくるのが靖国神社の大鳥居。左手には牛ヶ淵の濠とその向こうに北の丸公園。夏が近づく今、この風景を目にすると暑さが二倍増しになるのは気のせいだろうか。桜の季節は濠沿いに咲き乱れてとても美しい景色になるのだが。

この九段界隈には東京の他の場所とは違う空気、時間が流れている。

九段下交差点南側に立つ九段会館の帝冠様式は、戦前日本が好んで建てたデザインで、石造りの建物の上にお城の櫓を意識した屋根が被さっている。名古屋市役所は似たような建物だし、遠く中国長春の共産党吉林省委員会の建物もこの様式。九段会館は戦前「軍人会館」という建物で、二・二六事件の際は戒厳司令部になった所。ちなみに件の長春の建物は、元は新京の関東軍司令部として建てられた。それが今では中国共産党の吉林省に於ける本丸として使われている。九段坂の北側は東京理科大学だが、ここは戦前に陸軍の親睦サロンである偕行社があった所。北の丸公園の東京国立近代美術館工芸館は近衛師団の司令部建物、で、靖国神社(元「東京招魂社」)に桜の花と、九段は今でも戦前日本の香りが漂っている地区なのだ。九段の夏は単なる夏ではなく、この辺りを歩いていて夏の暑さが二倍になるのは、単にコンクリートの照り返しに依るものだけではない。

九段坂を上がった所、田安門を過ぎてすぐの所に大きな灯籠が立っている。この灯籠は高燈籠(常燈明台)と言い、明治5年に建てられたもの。靖国神社と絡めて建てられ、九段坂が広げられる前は、坂を挟んだ北側にあったそうだ。元々この九段界隈は東京でも見晴らしが良かったらしく、建てられた頃は東京湾から灯台代わりに見えたそうで、品川沖や更に遠くの房総沖からも見えたという話もある。いくら明治の頃とは言っても品川や房総はオーバーなような気がするが、今この灯籠を下から見上げるとその立派な石造りに、そのような話も信じてみたくなってくる。平成の今でも夜になると灯が灯り、靖国通りを挟んだ反対側の大鳥居のシルエットと共に、時代を引きずった空間を形造っているようだ。東京の中心にありながら東京ではないような幽玄な空気。それはまた現代日本には殆ど感じられない空気であり、目にすることの困難な空間でもある。やはりこの辺りを歩くのには桜の時期と夏の暑い季節が似合うのかもしれない。

この灯籠の西側に品川弥二郎の像、そして更に西側には大山巌の騎馬像がある。大山は薩摩の人、西郷隆盛の従兄弟で元帥。西南戦争や日清、日露戦争で活躍した。

何処までいっても九段はかつての歴史を色濃く残す場である。

高燈籠と武道館のタマネギ

高燈籠と武道館のタマネギ

●12系統 担当:大久保車庫
新宿駅前~四谷三丁目~四谷見附~市ヶ谷見附~九段下~神保町~須田町~岩本町~浅草橋~両国駅前
山手線の中央を東西に横断し、隅田川を両国橋で越えて両国まで。洒落た雰囲気がある訳でもなく、生活感が充満している訳でもなく、ある意味東京にいる事を実感させてくれる沿線です。

Originally, written on June 12, 2010