第四十話
神楽坂の旅館~13系統の風景

料亭街としても知られる神楽坂は、古くからの趣のある建物が裏通りにチラホラと見え隠れする。勿論広く言われるように高そうな割烹がそこかしこに軒を連ねている訳ではなく、普通の住宅街でもあり今風のマンションやらアパートやらがひしめきあっている街でもある。ここから西に行くと牛込の住宅街で、落ち着いた雰囲気の街が早稲田や東新宿あたりまで続いている。

残念ながら料亭とか割烹とかの雰囲気を体現するような日本家屋がそこら中にある訳ではないので、そのような雰囲気を求めて行ってしまうとアテが外れてしまう。落ち着いたイメージがあるからか休日は人で一杯だし、少し路地に入った所にあるカフェにも行列が出来ているのだけれど、雰囲気のある街歩きということであれば少しばかり面食らうことになるだろう。

少し奥まったところにある「和可菜」は雰囲気のある建物だ。東京メトロの広告にも使われたこの建物は旅館として営業しており、小説家や脚本家などがここに泊まって原稿を仕上げることが多くあったという。今の時代、同じお金ならホテルでも良いのだろうと思うけれど、現に著名な監督もここを贔屓にしているし、敢えてここに泊まるということなれば、惹き付ける「何か」はこの旅館の雰囲気か神楽坂の空気かそれとも日本家屋が持つ力か。
この旅館は多分、多くの人が持つ神楽坂のイメージを裏切ることはない。細い石畳の路地にひょっこり現れる日本家屋には、古い東京のイメージそのままの空気がそこを流れている。それは都会的なホテルで得られるものではなく、ある意味隣の声が聞こえるくらいの木造建築が産み出す雰囲気に他ならない。大阪のど真ん中にも、こちらは素泊まりの安宿としてだけれど人を迎える旅館がある。たまに大阪に出る時に一度はこの宿に寄せてみようかと思うのだが、大抵混んでいて目指す和室に泊まる機会を得ない。単に安いからだけではなくその雰囲気に惹かれて定宿とするリピーターがいるようだ。

ビル街の快適さとは別の所にある昔ながらの木造旅館は、大阪のその宿と違ってそれなりの金額を取る宿だけれども、敢えてそこを選ぶ理由があるのだ。ひょっとしたらそれは、静かに人を集める昔ながらの銭湯にも通じるところがあるかもしれない。快適さとは多少離れた所にあるその雰囲気は、神楽坂のイメージと共に我々に一息つかせる魅力を今も十分に抱えているのである。

神楽坂の趣ある路地

神楽坂の趣ある路地

●13系統 担当:大久保車庫
新宿駅前~牛込柳町~飯田橋~御茶の水~万世橋~岩本町~小伝馬町~水天宮前
新宿駅から古い住宅街である牛込界隈を抜けて飯田橋に至り、神田川に沿って東に向かう路線です。今でも牛込界隈はとても落ち着いた雰囲気の街で、そこを歩く時は東京にいることを忘れさせてくれることでしょう。

Originally, written on December 04, 2010