第七十四話
一休みのクラシック〜34系統の風景

コロナ禍が始まる少し前の話。母が新宿に出てくると言うので何用かと尋ねたら、「歌声喫茶に行く」と言う。
新宿にそのような類のお店があるということは知っていたが、身内が足を向けると言うのは知らなんだ。

歌声喫茶とは、その名の通り歌を歌いに行く喫茶店である。カラオケのように自分の好きな歌を歌いに行くのではない。店に集まった見ず知らずの人たちが店主など誰かの音頭で合唱するのである。1960年台から70年代にかけて、特にフォークソング全盛期の頃にかけて流行ったらしいが自分が子供の頃にはそのような話を聞いたことがないので、大都会だけだったのか、それともある時代に一気に廃れてしまったのかもしれない。恐らく学生・社会運動の盛り上がりと落ち着きとに拠るところ大きかったのだろうとも思う。こんなことを書いているくらいだから、私自身は今になるまで訪れたことがない。

喫茶店とは珈琲を飲み乍ら何かをするところであるが、他のことが主で珈琲が従のような箇所はいくつか種類があって、新宿の歌声喫茶のようなクラシカルな営業形態もその一つの形であれば、秋葉原あたりに行けばメイドだ、耳かきだとそれこそバラエティに富んでいる。特にこの種の接待系の店は自分にとってはどうにも楽しくなく、メイドカフェに一度だけ行って以後訪れることは無くなった。合唱を否定するつもりはないが、歌声喫茶もどうにも訪れにくい。恐らくお金を使って見ず知らずの誰かとコミュニケーションを取りに行くことに、自分の場合は価値の重きを置いていないのだろうと思う。それでも歌声はそれを目的に集まるので、同好の士同士で満足できる点もあるかと思うけど、メイド喫茶では相手にしてくれる人に対して「アンタこんなことやっていて人生楽しいか?」とかつまらぬお世話を考えてしまうので、自分が楽しめる気がしないのである。
当然相手にとっては嫌な客でしかなく申し訳なくもあるので、恐らく二度と行くことはないだろう。

そんな他の目的がある喫茶店であるが、従の珈琲でも名曲喫茶だけは別である。
ここは好んで良く訪れた。

渋谷道玄坂の途中から少し入った円山町に続くごちゃごちゃした街並みに、「名曲喫茶ライオン」はある。ここで所以を語る必要のないくらい、知っている人にとっては有名過ぎるくらいの歴史ある名店である。
付近は著名なラブホテル街の外れでもあるので、若い女性が一人で訪れるのには躊躇をするかもしれない。家族連れでも歩くのは避けたくなるだろう。古い歓楽街は人の集まりとこの種の宿泊施設は表裏一体みたいなものなので、歴史的にはホテルの隣に落ち着いた喫茶店があるのは不自然では無いのだが、現代に至っては何かと文句を言う人が出てきそうだ(もっともそのような人は「うるせえ、じゃあ来るな」と一言言われて終いのような気もするが)。

そんな場所に建つのだから、男一人がふらりと入っていくのは逆に放って置かれているようで気楽でもある。

古い建物のドアを開くと照明の暗い空間に圧倒的に大きなスピーカーが客を迎えてくれる。そのスピーカーからは店の外にも聞こえるくらいの音量でクラシック音楽が流れている。店員が注文を聞きに来るが音量に消されてその声も聞きづらい。仕草、雰囲気をこちらも察してオーダーを伝えることになる。もちろん会話をする雰囲気ではなくまた喋る人もいない。スマートフォンでの会話はもちろん着信もご法度であり、そもそも取り出してピコピコすることも出来る雰囲気ではない。何かを持ち込んで仕事を行うにはその空気感に対して無粋過ぎる。ここでは大音量のクラシック音楽を聞きながら、ひたすらに珈琲を目の前にするしかないのである。

このように書くと何となく入りづらく息苦しいお店に感じるかもしれないが、店員の愛想は悪くないし、「音楽を聴く」ことに特化しているので、その目的を間違えなければこれほどに居心地の良い場所もない。他人の話声や仕草に気を病むこともなく、その種の音楽が流れ続けているからひたすらに無意識になることができるのである。

この喫茶店は現代の空間ではない。ありきたりの表現で言えば「昭和的な古い喫茶店」である。建物も古ければ、店内の意匠、スピーカーに対して一斉に向く椅子、シャンデリアも今の時代の産物ではない。薄暗い店内、巨大なスピーカー、そしてクラシックをひたすら流すその時間は、十年一日のごとく、である。レトロ喫茶が「純喫茶」とかいう言葉で本になる時代だが、その営業スタイルも含めて考えると、そのような「レトロ」とかいう表現もこの店を超えている。娯楽の種類がまるっきり異なる時代の産物が令和の時代に残ってしまったということか。
加えてこの店では、そのスペースでの過ごし方についても「現代的なもの」- 常に何かに追われなくては行けない時間を拒否するのである。

我々の生活は常に何かに囲まれている。それは小休止を目的とする喫茶店でもあっても、恐らく携帯ツールを通じて関わることになる。「関わらないような意志を持つ」ことは言葉としては言えるだろうけれど、自身の意志の弱さもあってか現実としては非常に難しい。ここまで極端に行かなくとも、かつてやっていたであろう、例えばふらりと入って煙草を吸いながら本を静かに読む、ただそれだけのことを行うための空間に身を置くことは本当に困難だ。
四六時中情報と繋がっていることを強制される社会である。時代も過ぎて世間への遠慮もあってか煙草を吸うことが無くなったのは良かったが、自分としては人間である以上、今に至っても何にも囚われない時間と場所が欲しい。

「名曲喫茶ライオン」では強制的に「何かを行うことを」を拒否される。音楽と珈琲の空間に身を置くこと以外、何もしてはいけないのである。それを心地よいと思うか不安と思うかは人それぞれであるが、切り離されることで発生する何らかの感情、ひょっとしたらどこかに置き忘れたかもしれない感覚をこの場所では得られることも、令和の社会に生きる者にとっては極めて貴重なことだと気付かされるに違いない。

創業大正15年。移転して昭和の初めからこの地に立つ喫茶店は、我々が社会の発展と共に背を向けざるを得なかった空間と時間を、これからもクラシックの名曲と共に提供し続けるのだろう。

名曲喫茶「ライオン」

名曲喫茶「ライオン」

●34系統 担当:広尾車庫
渋谷駅前~天現寺橋〜古川橋〜一ノ橋〜金杉橋
渋谷と麻布を渋谷川(古川)に沿って結ぶ系統です。一ノ橋は現在でもバス停として残りますが、一般的にはそれぞれ麻布十番という地下鉄名の方が通りが良いと思います。
場所柄、バス移動の方が圧倒的に便利な区間で、現代でも34系統代替の都バス「都06」系統が新橋駅まで足を伸ばして頻繁に結びます。