第六十三話
千鳥ヶ淵の友人〜10系統の風景

春の嵐が予想される中、桜を見に行こうと友人を誘って九段へ出た。3月20日に開花宣言が出た東京だったが、数日の寒さなどでお花見には程遠い。とは言うものの、彼のリハビリにも通ずるかと思い、天気もなんとか持ちそうであるから予定通りに街に出ることにした。

待ち合わせの九段下はそれなりの人が集まっていたが、天気が今ひとつであるからか、もしくは昨日の風雨も手伝って桜への期待が減ったのか、例年のような混雑は薄かった。
数ヶ月ぶりに会う友人は見違えるようになっていた。伴って現れた奥さんも以前より明るく見えた。病に倒れた時はこれから先一体どうなることかと思ったものの、見る限りは今日少し歩いてもらうくらいには問題ないように思えた。九段下に降りる花見客は靖国神社と千鳥ヶ淵が行き先となるが、彼の体力が許せば少し散歩するつもりであった。お二人にはお付き合いを願って、内堀に沿って三宅坂から日比谷まで降りる予定である。

靖国神社の桜は予想を良い意味で裏切って、満開に近かった。大鳥居を過ぎて北側の桜並木は、以前ならブルーシートが広げられた場所だけれども綺麗に整備され、またコロナ禍もあってシートお断りになっていた。酒を出していた茶店はこちらも綺麗になって数年前にカフェに変わった。畢竟、酒盛りをする場所としての靖国神社は消滅してしまっており、桜を素直に愛でる場所なった。

一通り境内を巡った後、靖国通りと内堀通りを渡り、千鳥ヶ淵へ出た。靖国神社と同じように例年のような大混雑は無かった。昨年のこの時期も同様にコロナで大変だったが、もっと人で溢れていた。若干だが開花は遅れているようで8分咲程度だったが、それでも花を楽しむのには全く問題はなく、混雑が軽かったこともあって気分良く、また落ち着いて桜並木を英国大使館の方に向かっていった。

友人は私と同様にとはいかないが、それでもゆっくりと足を進めることができた。花を楽しむペースとしては寧ろ彼のペースの方が適当であったかもしれない。リハビリが進んで都区内に出て来れるようにもなったとのことで、押上のスカイツリー等にも行くようだが、それでも歩くという行為そのものにはまだ注意が必要なように思えた。恐らく、私には感じることが出来ないであろう疲れは当然感じることもあるだろうし、ちょっとした石の段差を過ぎるにもひっくり返ることが無いよう周りの目が欲しいとのことだった。とはいえ、入院していた頃と比べればその状態は雲泥の差であり、基本的に支え無くして歩ける姿は、数年前と別人に見えた。

北の丸公園との間に横たわるお堀のボートは、毎年乗ろうという気もなくなるくらいに混んでいるが、今年の行列はそうでも無かった。並んでも良いかと思える状態に一瞬迷ったけれど、彼が乗り降りする時にバランスを崩して堀に落ちるのも怖かったので、提案をやめておいた。その分、途中の休憩も挟んで十二分に桜を楽しむことができた。

英国大使館前から三宅坂を下るつもりであったが、流石に友人にそこまで歩いてもらうのは酷にも見えた。回復しているけれども無理をしてはいけない。どうしても「あと少し大丈夫だろう」と思いがちだが、それは病を得ていない者の印象である。奥さんより「ご飯にしましょうか」との話にもなったので、適当なところで切り上げ、半蔵門の駅から地下鉄の乗客となった。

東京独特の桜風景 - 千鳥ヶ淵

東京独特の桜風景 – 千鳥ヶ淵

●10系統 担当:青山車庫
渋谷駅前~青山一丁目〜赤坂見附〜三宅坂~半蔵門〜九段上~神保町~須田町
そのルートは半蔵門線に変わって実現していますが、地下を走るので地名も駅名でしか意識できず風景を楽しむことはできません。代替の都バスが渋谷と御茶ノ水を結んでいたものの、廃止になってしばらくが経ちます。景色を見ながらルートを歩けると新たな発見もあるのではと思わせてくれる区間です。