第四十九話
普段着の聖地巡礼〜12系統の風景

以前に働いていた会社でのこと。
あるバスツアーでアニメ映画で出てきた実在の場所をめぐる内容を展開したところ、参加者で溢れることがあった。
訪れる場所はストーリー中の街であったり名所だったり神社だったりで、取り立てて有名な場所では無かったのだが、参加者は大喜びで写真を撮っている。それこそ映画でのシーンそのままのカットで撮影し、みなさん満足してツアーを終えられていた。これらの映画の世界をめぐることを称して「聖地巡礼」という。

私はこの種のアニメ映画には殆ど知識は無いけれど、広告やらで盛んに告知されるようなものであれば、多少なりとも目にするだけの好奇心は持っている。かといって実際にその映画を見るようなことは滅多に無いが、自分に関係するような地域が出るとの触れ込みならば、見てみようという気になるのが人情というものだ。

新海誠という人のアニメ映画を語れるほどに詳しくは無いけれど、「君の名は」と「天気の子」だけは見た。予告されるストーリーに興味を持ったからではなくて、その舞台の一つが前者では職場の側だったこと、後者は自分の家のすぐ近所が描かれているとのことだったからだ。
特に後者。山吹町に向かうところで乗車する「白61」の都バスは日常使いであるし、雑司が谷から高田に落ちる胸突坂や、目白駅界隈、池袋西口など。そういえば映画公開時、交通局がタイアップの告知をやっていたことを思い出した。

若者と東京の組みわせと言えば渋谷とか神宮前あたりがイメージだろうけど、そのようなステレオタイプで東京を切り取ったシーンの組み合わせではなく、逆に田端駅南口や代々木駅近などを映すのであれば、見た人も「東京にもこんなところがあるんだ」くらいのことは思ったかもしれない。観光案内になるような場所達では無いが、住んでいる人が普通の街中で冒険するのであれば、確かに舞台はこのようなことになるのかとも思う。

生活する者からすると果たして「聖地巡礼」となりうる場所達かは思案するところだが、考えてみると歴史の舞台を周るのも似たようなものだ。

ストーリの舞台であろうが歴史的名所であろうが、その世界に映し出された場面に自分自身がいることが大事なのであり、そこに身を置くことによって世界観を共有する。
壬生や池田屋跡を周って新撰組を偲ぶのと似たようなものであり、単に本やアニメに触れるだけでなく、その場に立つことで自分自身もその世界の参加者となりうるのであろう。場所の有名無名は関係なく、むしろ名の知れない場所でその街の新しい風景を見ることで、得られる満足もあるように思う。

東京を描いた話でありながら「天気の子」はどこの世界かわからない宣伝だったが、「君の名は」の世界は四谷総鎮守須賀神社の男坂だった。公開当時、この神社にはその筋の方々が多く訪れたらしい。
ここを見て「東京」とはすぐにはわからないけれど、階段坂から谷を挟んで坂道を臨み、どこまでも続く建物達は「これぞ東京」というべき風景に他ならない(架空の景色でありながらも、表現に見える六本木ヒルズは、見る人に東京を強調するイメージだろう)。

「君の名は」も「天気の子」も、没頭して感動をするには人として汚れがつき過ぎたらしく、私としては全くのめりこむことができなかった。観光案内としては良いかも、と思ってしまったくらいで、その世界観で盛り上がるのには少し歳を取りすぎたらしい。

須賀神社の男坂

須賀神社の男坂

●12系統 担当:大久保車庫
新宿駅前~四谷三丁目〜四谷見附〜市谷見附~九段下〜須田町~浅草橋~両国駅前
歌舞伎町を立ち、新宿通りから外濠、靖国通りをひたすらに走って隅田川を渡る、東西の幹線系統です。その大部分が都営新宿線に変わりましたが、バスの方では両国橋を渡る系統は皆無に。総武線で用が足るということですね。