第七十八話
オルガンのクリスマス〜4系統の風景

クリスマスのワクワク感は、子供の時から大好きだ。年齢を重ねようともその感覚は一向に変わらない。

この時期になると無闇に街に出たくなる。特に用事がなくとも強引に行き先を作り、家族を伴って地下鉄や山手線の客となる。
電車の中は煌びやかである。着飾った人や大きな買い物袋を持った人が席を取っている。今から訪れる場所のことを思ってか、もしくは買ってもらった荷物が気になるのか、ニコニコ顔の少年少女が多いように感じられるのは、時期のバイアスがかかった私の感覚だろうか。

私がこの時期を肯定的に感じるのは、昨年同時期にも書いた通り、クリスマスが近づくと横浜の市街に連れられていった子供の頃の記憶が残っているからと思う。非常にライトアップが華やかで楽しいリズムが街に響き、帰りにはお土産がついてくる。同じような歳の子供たちも家族に連れられ、人によってはクリスマスプレゼントを抱えている。そこで笑う姿はすぐにやってくる自分の姿でもある。

恐らくとても楽しかったのだ。

キリスト教徒でないくせにとか商業主義の〜とか、そのようなつまらぬ指摘はどうでもよろしい。
子供ながらに単純な街の風物詩が嬉しかったのだ。

その時々の自分の置かれた立場により楽しみ方は違ったが、どの年もそれなりに楽しく過ごそうと努めた。東京に来て結婚してからは、妻は関東に由縁が無いからこちらの風景を楽しんでもらえるようあちこち連れ回した。イルミネーションなどの街のキラキラに元来特別な興味を持たない人間なので表参道や六本木は一回か二回行って訪れることをやめたが、銀座のクリスマスの雰囲気は気に入ってくれた。

銀座のクリスマスは銀座二丁目交差点の四隅を頂点とするブランドの華やかさだけではない。勿論街を形作る大切な存在ではあるが、昔から続く雰囲気もある。曰く、教文館の「ハウス・オブ・クリスマス」である。

教文館は明治の頃からここに立つキリスト書の老舗であり、説明不要の存在である。その立ち位置から長年にわたってこの時期に人を集めてきた。まだ私が地元にいる時からこの時期のイベントを知っているくらいなので、東京に於いては至極当然の存在であるのだと思う。この教文館のクリスマスとして私が持つイメージが、店頭に立つ手回しオルガンの音色であった。

多分老年の方だったように思う。12月の週末になると手回しオルガンを回して銀座に訪れる人を迎えてくれた。その姿と音色が銀座の雰囲気とどうにも合わさって、他の街では感じることのできないクリスマスの雰囲気を感じることができた。私だけでなく、多くの人がその演奏に足を止めた。普段から不思議と銀座というところに喧騒を感じることが少ないように感じるのだけれど、オルガンの風景が更に余計な音を消すような気がした。東京に来てからはこのオルガンを見たさに、必ず妻を伴って銀座に足を運んだ。

コロナ疫が襲った年の冬だったと思うが、オルガンが立たなくなった。聞くところによると、奏者の人が倒れてしまい、オルガンを回すことができなくなったということである。
子供にもそれまで見せていたけれど、残念ながら彼が記憶を持つようになる前にその演奏を聞かせることができなくなってしまった。

教文館の外観は近代的なビルディングだが内装は昔のままに残っており、一目でわかる戦前建築の扉が迎えてくれる。この時期のクリスマスイベントはキリスト教関連の老舗書店ならではのラインナップで、本だけでなくモビールやブリキのおもちゃが商品として並び、見ているだけでもとっても楽しい。
このイベントを見て銀座通りを歩けば華やかな通りが一層に煌びやかに思えてくる。
オルガンの演奏はなくとも、この時期には決して欠かすことのできない銀座の風物詩であり、毎年足を向けないとサンタクロースに来てもらえる気がしないのである。

Bible house「教文館」

Bible house「教文館」

●4系統 担当:目黒車庫
五反田駅前〜魚藍坂下〜一ノ橋〜金杉橋〜新橋〜銀座四丁目〜銀座二丁目
白金・高輪、麻布方面と銀座を結ぶ系統です。当時の写真ではどうも古くて小さい車両がこの系統に当てられていたように見え、その走る姿がなんとも銀座の風景とマッチしているように思えます。