第六十五話
春霖のツツジ〜37系統の風景

この季節にしては少し暑過ぎた連日の陽気も雨で収まったようだ。

雨の中、音羽から乗った都バスを根津で降りた。不忍通りもこの辺りは道が狭く、すれ違う人も傘を擦らせながら歩道を歩いている。夏かと思う日差しがここ数日街を覆っていたが、朝から降る雨が暑気を洗い流してくれた。暑さの中を歩くくらいなら、少しくらい雨が降っていた方が、自分にとっては有難い。

色とりどりの傘が一方向に向かって歩いている。不忍通りから東大農学部の方へ入ると、そこは落ち着いた住宅街で、通りの喧騒等は別の静かな空気が界隈を漂っていた。「根津遊郭跡」の表記が界隈の歴史を伝えるが、相当に昔のことの説明であり、花街の雰囲気は一切無い。勿論歩く人もそんなことを意識する以前に気づくこともなく、一直線に皆根津神社に向かう。自分もちらりと由縁を目にしただけで、境内に入っていった。

神社に入ってすぐに目に入るのは、境内の土手を埋め尽くすツツジのカラフルな色だった。今ここを訪れる人のほぼ全てがこの鮮やかな色を目的としていて、境内 – と言うよりは「庭」「園」と言うのがふさわしいツツジの群生を楽しんでいた。雨の中、桜であれば少し肌寒くまた何となく陰鬱な雰囲気も持ってくるが、ツツジはその花の色がピンクや白の原色を表現するので、滴りが寧ろ色を際立たせていた。陽の光であれば、その明るさから花の色を風景と光線に溶け込ませてしまうかもしれぬ。葉も表面が洗われて鮮やかである。雨が一層風景を澄んだものにしているようにも見えた。傘のカラフルも手伝って、色が雨の落ち着いた神社を非常に華やかに彩っていた。

根津神社はツツジの名苑として知られている。毎年のように訪れるが、雨の日に来るのは初めてだった。雨と言えば紫陽花だろうと勝手に決めつけていたが、色とりどりのツツジも滴りを浴びて相当に宜しいものだと楽しくなった。

気分が晴れやかになって神社を出、お化け階段を根津駅の方へ歩いた。

根津神社のツツジ苑
雨に広がるツツジの庭

雨に煙る根津神社のツツジ

●37系統 担当:三田車庫
三田~西新橋一丁目~馬場先門〜淡路町~外神田二丁目~上野広小路~上野動物園前〜千駄木二丁目
芝から日比谷公園を通り、神田から上野、谷根千に抜ける系統。昌平橋で潜る総武線の高い鉄橋は、東京を印象付ける独特の鉄道風景です。