第四十五話
祝いのビール〜1系統の風景

酒が飲める方ではないが、酒が無い人生はありえない。太古の昔より人は酒と共に暮らし、酒と共に生活を豊かにしてきた。いや、酒によって人生を壊してきた人も多くいるが、基本的には生活を彩る大事なツールであることは論を待たないであろう。色々理屈は存在するだろうけれども、本質的に人間は酒の存在を避けることは出来ないのだと思う。それは決してアルコールが持つ中毒性などというものでは無い。

おそらく日本の歴史が始まって以来、初めてではないだろうか。かつて神話の中で神々が酒と共に踊ったこの国に於いて、権力によって緊急事態の名の下に、酒が制限されることとなった。西洋で供された「パンとサーカス」には「ワイン」が付いてくるが、日本でも太平洋戦争中でさえ国からビールが配給されたくらいだし、戦時中に高級料亭が閉店を余儀なくされる代わりに、都会であれば飲みたい人間はビアホールに集められた。その本数に制限があったとはいえ、古今を通じ国が禁制とすることはなかったのである。

この場でその政策(制限)を論じるのはよそう。科学的でない論議に時間を費やすべきではない。代わりに戻ってきた日常の常識を素直に喜ぶ方のが、よほども建設的であり、健康的である筈だ。

緊急事態宣言が明け、待ちきれなくなった私は街に出た。もとより飲める方ではないが、宣言中苦難の日々を送った人々=飲食業に従事される皆様に心ばかりのエールを送りたい。
さて何処に行こうか、などとは考えなかった。闇が明けた後に最初に訪れる場所は決めていた。普段はビールをあまり飲まないけれど、自由と解放を祝うのには、やっぱりビールが最も似合う、と思う。しかもその一口目は復活にふさわしい店でなくてはならぬ。そう考えて銀座七丁目のビアホール「銀座ライオン」に足を向けたのである。

「銀座ライオン」銀座七丁目店。
言うまでもなく、東京で伝統あるビアホールの象徴となる店の一つ。昭和初期に建てられた内装が今でも生きており、重なる空襲にも崩れることなく、戦争を生き抜いた当時と変わらぬ重厚な佇まいが、注ぎ手の腕と相まってビールを更に美味しくする。
「なぜここのビールが美味しいのか」は更に詳しい無数の人々の講釈に譲るとして、大振りのジョッキに注がれる黄金色ほど、鬱屈の「禁酒令」からの解放にピッタリと合う一杯は無い。
その澄んだ色と飲み口は、特別な日にふさわしいものだ。

思えば、「特別感」という言葉と「銀座」という地は、良く合うと思う。
何もなくともこの街を訪れる時は少ししっかりした服を着ようと思うし、銀座通りをふらりと歩くだけで気分も高まってくる。和光の時計台、木村屋のアンパン、教文館の児童書、三越のライオン像。新しいもので街が代謝していくそばで、100年の昔からそこにあるものが身を置く時間を特別なものとする。「銀座ライオン」のビールもそれらと並ぶ重要な風景であり、長くに息づき我々に門を開けるからこそ、祝いの宴にわざわざ足を運びたくなる。
「銀座ライオン」自体はあちこちにあるものの、ここ「銀座」にあるライオンのビールは単なるビールではない。街の歴史を背負うビールだからこそ、その一杯が特別なものとなるのである。

歴史ある重厚な空間で飲む一杯

歴史ある重厚な空間で飲む一杯

●1系統 担当:三田車庫
品川駅前~三田~金杉橋〜新橋~銀座四丁目~通三丁目~日本橋~万世橋~上野広小路〜上野駅前
新橋より北側は地下鉄銀座線が戦前から同じ道を通ったものの、戦後も20年に渡って走り続けました。
東京メトロの前身は「帝都高速度交通営団」。この「高速」とは元々は都電に対する「高速」の意味です。まさに銀座線は1系統の高速線でした。

投稿者:

Mr.Problem

しがない制作屋です。 活動範囲:Web Producer / Director / html全般 / CSS全般 / WordPress / ガンダム / ドラクエなど..。企業内のWeb担当として活動。神奈川の海沿い生まれ。京都、大阪、神戸と流れて、今は東京在住です。