第十二話
上野公園の洋食~20系統の風景

上野公園山下から階段を上がって寛永寺清水観音堂の脇を進み、しばらく行くと「精養軒」と書かれた看板が見えてくる。看板の脇を真っ直ぐ行くと上野公園の中心部。看板を上がると上野精養軒の建物に辿り着く。

上野精養軒は言わずと知れた洋食の老舗。ここ上野に開業したのが明治9年というから相当な歴史を持つ。開業の当初の上野は少し東京の中心部からは離れていたから、不忍池や上野の山で遊んだあと、そのまま珍しい文明開化の食事でも、ということだったのかもしれない。勿論一般の人が気軽に入れる値段では無かったろうし、それなりの立場の人達による社交の場でもあったろう。現在ここにはフランス料理を出す高級レストラン「グリル フクシマ」と一般的な洋食を出すレストラン「カフェラン ランドーレ」があり、「カフェラン」の方であれば比較的気軽に入れるレストランとなっている。

日本の洋食の「本場」は神戸と信じて疑わない。彼の街ではそこかしこに洋食屋があるし、何処の店も概ね手軽に入れるくらいの値段で典型的な洋食を食べさせてくれるので、他の街での一般的な洋食屋、つまりはファミリーレストランということになるのだろうが、神戸にいる限りはそれらファミレスと言われる場に行く必要が無いのだ。生活に密着した洋食屋の存在は、神戸を神戸足らしめるものだと信じているし、実際住んでいた頃は月に何度もこれらの店に足を運んだものである。

勿論東京にも洋食屋はある。しかし蕎麦屋や寿司屋のように何処かしこにもという訳ではないのは、やはり街の歴史がそうさせるのだろう。神戸は外国航路の料理人が陸に上がって店を開いたという話がいくつかあるが、東京の洋食はそれとは別、洋風文化の流入と併せて「新しい世界とは欧風であること」が生み出した店がルーツのようだ。

海外の都市に於いて、このような日本で言うところの「洋食屋」に出会ったことは無い。ハンバーグから海老フライからコロッケからスパゲティからなどと揃えているのは、実は日本独自の「洋食屋」である。「洋食」とはそれまでの「和食」に対する食事であって、そのような総合料理屋は実は日本独自で発達を遂げたもの。そもそもメンチカツやスパゲティナポリタンなどは日本が発明したものだ。
海外であれば、「フランス料理屋」とか「イタリア料理屋」などの専門料理屋となり、日本のように何でも扱っている「洋食」は、実は和食と言ってもいい程日本で編み出され発達した類なのである。また実際にこれらの「洋食」は、積極的に「洋食屋」で広められることになった。その元祖とも言っていいのがこの「上野精養軒」だ。

上野精養軒、さすがにフランス料理の方は敷居が高いが、「カフェラン」の方なら肩肘を張る必要もない。ちょっとした時にでもこの歴史ある名店で、明治のハイカラな味に舌つづみを打ってみたい。
そう思って友人各位に声をかけ、近々上野公園を訪れる予定でいる。

歴史ある洋食への玄関

歴史ある洋食への玄関

●20系統 担当:神明町車庫
江戸川橋~護国寺前~大塚三丁目~千石一丁目~上富士前~動坂下~団子坂下~池ノ端二丁目~上野動物園前~上野公園前~上野広小路~須田町
江戸川橋から音羽界隈を一旦北へ向かい、不忍通りをひた走る路線。山手線の内側を半周するように上野へ降りてきます。池ノ端からは不忍池の外周を専用軌道で廻って上野界隈へ。上野動物園の間、モノレールやイソップ橋の下を通る、変化のある路線でした。
今でも都バス上58系統が途中の上野松坂屋まで、ほぼ同じルートを辿ります。我が家の上野への足です。

Originally, written on June 02, 2010